常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクション』

アインシュタインの言葉です。コーチングの世界では、人間は誰もが認知のメガネをかけながら主観的な解釈をしているという理論があります。これを認知論といいます。自分の「当たり前」は、家族や友人、会社組織などの影響を受けて作られたものであって、万人にとっての不変の真理というものは存在しないのです。これは、会社vs会社の世界となるM&Aでも特に注意しなければならない意識だと思います。

「JTのM&A」という著書の中では、「信認とは他社からのパーセプション(perception = 認知・知覚)」と述べている箇所がありました。実績は右肩上がりでちゃんと外部公表も行っているのにもかかわらず、過去に利益を下方修正したことが起因して、株式市場からの信頼を得るのに数年間かかったという経験から得た教訓です。ポジティブな事実があっても人の信頼を得るのはそう簡単でないことが判り、CFOだった著者としては辛い時期だったようです。

この場合は「認知(メガネ)」の問題だけでなく「情報の非対称性」や「人(投資家)の性格」など多くの要素に左右されますが、大事なことは事実や物事をどうとらえるかは人によって大きく違うということを理解して行動できるかどうかだと思います。

M&A後のPMI(Post Merger Integration=統合プロセス)において、仮に買い手企業が「被買収会社もきっと我々と同じ価値観を持っている」と思って臨んだら、確実にM&Aは失敗に終わるでしょう。個人、あるいは企業単位にはそれぞれの「当たり前」が存在し合っていて、お互いに違うメガネをかけていることを認識するところからが統合のスタートです。

メガネの種類にはいろんな次元があって、例えば経費精算の方法や有給休暇申請のしやすさなど枝葉な事柄から、経営理念やマネジメントの在り方など事業運営を大きく左右するテーマに対する常識などさまざまあると思います。PMIプロセスの中では、お互いの認知のメガネを新しくしたり、すこし色を変えてみたり、古いメガネを思い切って捨ててみたりすることが必要です。

このとき買い手企業が、自分たちが買収側だからといって相手(被買収側)のメガネを自分と同じものへ無理に変えさせようとしてはうまくいきません。謙虚に「自分のメガネもただのオカシな偏見なのかも!」と考えながら接することが重要だと思います。ある一流企業の方々は「俺たちの常識は、他社にとっての非常識」とさえ言っていました。それくらいの考えのほうが都合が良いのかもしれません。

認知論において、認知というのは「そう思っているとその認知に沿う行動をしてしまってさらにその認知が濃くなっていく」という強化ループというものがあります。買収側も被買収側も自分の認知強化ループにハマってしまっては、離婚の理由NO.1といわれる「価値観のズレ」により、新しく良い組織(家族)になれることはないでしょう。

こう考えていくとM&Aは本当に結婚とよく似ていて、他者同士がひとつ屋根の下で家庭を築いていくという意味で全く同じですね。会社も人で構成されているわけですから、M&Aを経験するすべての経営者には、仕事場だけではなく家庭や友人関係などのプライベートにおいてもこの認知のメガネの存在を知ってほしいと思っています。